いい先生とは?教員免許制度は撤廃すべき?

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ベストセラーになった『「学力」の経済学』(中室牧子.ディスカヴァー・トゥエンティワン,2015年)は、「〝いい先生〞とはどんな先生なのか? 日本の教育に欠けている教員の「質」という概念」という章を設け、次のように論じています(Kindle版,位置No. 1399-1606)。

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※「偏差値で輪切りにすることは悪か?」や「就学前教育(幼児教育)はコスパ最強?&いつ子どもをつくるべきか?」にも同じことを書きましたが、以下、本エントリーを書くために必要な箇所だけを参照したり、引用したりしています。同書は名著ですので、関心のある方は全体をぜひ通読ください。

子どもの学力には家庭の資源が大きく影響していて(「図5 教育生産関数とは」(Kindle版,位置No. 311)では、家庭の資源の例として、親の年収や学歴、家族構成、塾や習い事への支出、家庭学習の習慣を挙げている)、学校にできることは少ないかもしれない。

しかし、学校が、子どもの家庭環境の不利を挽回する力を持たないわけではない。特に要となるのは教員である。教育経済学におけるあまたの実証研究でもそのことは明らかになっている。能力の高い教員は、子どもの遺伝や家庭の資源の不利すらも帳消しにしてしまうほどの影響力を持つと結論付けた研究もある。

全米の大都市圏の学校に通う100万人もの小中学生のデータと納税者記録の過去20年分のデータを用いた研究によると、教員の質を計測する指標として、付加価値(この場合の付加価値とは、担当した子どもの成績の変化。例えば、生徒Aが小学4年生のときに標準テストで35点だったのが、5年生のときには55点になっていたという場合、この間のテストスコアの上昇分)が有用であることが明らかになった。さらに、質の高い教員は、単に子どもの学力を上昇させているにとどまらず、10代で望まない妊娠をする確率を下げ、大学進学率を高め、将来の収入も高めていることも明らかになった。

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以上の趣旨のことを『「学力」の経済学』は述べています(「ある子どもを、[中略]過去のその子自身と比較して昨日より今日、今日より明日と伸ばしてやれる先生こそが、「いい先生」」であるとも述べています(Kindle版,位置No. 1458))。

上記は、なかなか興味深いと思います。上の論に従うと、いわゆる怖い先生だろうと、面白い先生だろうと、イケメン・美人の先生だろうと、子どもの成績を上げる先生がよい先生だ、ということになります。いかにも頼りなさそうな先生がいたとしても、子どもがかえって「自分自身で頑張らねば」のように感じて?その先生の下で成績が向上した場合、その先生はよい先生だ、となるかもしれません(あくまで上の論に従うと、という前提ですが、おそらくそうなると思います)。

では、いったいどうすれば教員の質を高めることができるのでしょうか。『「学力」の経済学』は、「教員の給与やボーナスを成果主義にする」、「教員研修」、「そもそも能力の高い人を教員として採用する」という手段について、教育経済学の知見を紹介し、「そもそも能力の高い人を教員として採用する」を推奨しています。そのための方法として、

経済学者に聞けば真っ先に提案されるであろうシンプルな方法は、教員になるための参入障壁をなるべく低くする、つまり教員免許制度をなくしてしまう

ことを挙げています(Kindle版,位置No. 1538)。「免許という参入障壁が、能力の高い人が教員になったり、あるいは他の職業で活躍してきた人が教員に転職したりするのを妨げている可能性がある」とも述べています(Kindle版,位置No. 1540)。

こういわれると、「教員免許をなくしたりしたらかえって教員の質が下がってしまう。教員免許があるからこそ、質が保たれているのでは」と反論したくなるかもしれません。そうした反論に対して、同書では、複数の学術研究の成果をもとに、教員免許の有無による教員の質の差はかなり小さい、教員免許は必ずしも教員の質を担保できているわけではない、と指摘しています(※)。

なるほど、教員免許制度を撤廃すれば、子どもの成績を上げる能力が高い人が集まってくるかもしれません。もしそうだとすれば、この点はメリットです。でも、教員免許制度を撤廃した結果、例えばハラスメントなど、不祥事を起こしがちな「悪い先生」(本エントリーでは、子どもの成績を上げる先生がよい先生だ、という線で書いているので、この「悪い先生」は、意味合いが別の悪さを備えた先生)が集まりがちになるのでは?つまり、教員免許制度の撤廃にはデメリットや「副作用」もあるのでは?という気もします。『「学力」の経済学』的に考えると、きっと、副作用があるかどうかも、主義主張や個人の経験で語るのではなく、ランダム化比較試験などの手法に基づく研究によって得られる、客観的な数字に基づいて検討するべきだ、となるのだと思います。

※念のため:上は、教員免許についての議論です。すべての「免許」に当てはめようとする話ではありません。例えば運転免許については、まったく別の議論になると思います。

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投稿者: まなびや

まなびやと申します。 このサイトでは、ネット上で見つけた興味深いウェブページを紹介・レビューしていきます。それ以外の独自記事も徐々に書きます。ジャンルは医療・健康、人間関係・対人関係、結婚・妊娠出産・育児子育て、介護、ビジネス・マネーなどなど。

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